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第 18 章 モブツ最後の年が明けて
18−1
カビラ軍の進撃に敗走するザイール国軍
18−2
 政権放棄を迫られるモブツ
  (1)悪化する健康と政権への意欲    (2)調停役の国際社会の動き
  (3)モブツとカビラの直接会談の実現    (4)ガボンのボンゴ大統領を頼って
18−3
 32年間の独裁政治の終焉
  (1)モブツは夫人と共にバドリテへ       (2)マヘレ将軍の最後
  (3)AFDL軍の進入を待つキンシャサは   (4)モブツついにザイールを脱出!
  (5)カビラ軍の兵士がキンシャサを制圧    
18−4
 国名は再びコンゴーに!
  (1)カビラがキンシャサに凱旋          (2)チセケディの政治生命は?
 (3)カビラの大統領就任式典
18−5
 モブツ、亡命先のモロッコに死す

   18−1 カビラ軍の進撃に敗走するザイール国軍  
  ローラン・カビラの軍隊は12月初旬にウガンダとの国境沿いに北進して、ベニとブニアを占
拠した以降は、軍事行動を一旦休み、AFDLの内部体制の確立と兵力の整備と充実に当たり
ました。(下記の東部地区の地図参照)
 AFDLは、第2回最高評議会を12月31日から1月4日までゴマで開き、4つの母体政党を解
散し、強力な一つの組織として、改めて出発することになりました。AFDLの政治・軍事目的とし
ては、モブツの独裁政権を解体し、国民の望んでいる本当の民主主義体制を築くことを掲げま
した。総裁の座はもちろんのことカビラが占め、書記長には人民民主同盟(前節参照)を率いて
いたブゲラが任命されました。軍部の総指揮官には、内部の部族抗争で殺害されたキサセに
代わり、MRLZ(前節参照)を率いていたマサス・ニンダガが就任しました。          《ザイ
ール東部の地図》
 軍事的な補強としては、キンシャ
サまでの侵攻に備えて、武器・弾薬
を含む軍事力を強化し、兵站と輸送
組織を確保することでした。この面
では2月に入り、アンゴラ国軍にい
た旧カタンガ憲兵隊数千名がタンザ
ニア、ルワンダ経由でゴマからザイ
ールに入り、AFDL軍に加わったこ
とにより、より一層強化されました。
アンゴラのドス・サントス政府として
は、これまでモブツがUNITAを米国
と共に積極的に支援して来ただけ
に、AFDLに支援の手を差し伸べる
ことは当然のことでした。そして、AF
DLはキンシャサに入る前の最後の
段階で、バンドゥンドゥ州のケンゲに
おいてザイール国軍に協力するこ
のUNITAの兵力と一戦を交えるこ
とになるのです。とにかく、この旧カ
タンガ憲兵隊の参加は高性能武器
の装備と兵站組織の強化の面で大
きなプラスとなりました。また、ウガ
ンダとルワンダは、軍事的にAFDL
を支援しするため、AFDLが必要と
する燃料や武器弾薬を供給しまし
た。その対価は、AFDLが占拠した
鉱業地帯で獲得した鉱産物で十分
に支払ってもらうことになります。
 一方、ザイール国軍の方はどうだ
ったのでしょうか。先ず、FAZのキ
ヴ州における敗戦をケンゴ首相の
せいにする発言で参謀本部長を解
任されたエルキ将軍に代わり、国軍
の最後の切り札であるマヘレ将軍
が12月
14日、参謀本部長に任命されました。そして、24日のケンゴ政府再編成に当たり、国防大臣
にはモブツの側近であもあるリクリア将軍が任命されました。
  それと共に、モブツは国軍再編成のために外国人傭兵の投入を行いました。1964年の革
命勢力の掃討、シャバ紛争の鎮圧に続いて、3度目の外国人傭兵の採用でした。1997年が
明けて直ぐの1月3日、傭兵の世界では最もプロフェッショナルな男とされているベルギー人の
タヴェルニエがキサンガニにやって来ました。彼はフランス人、ベルギー人、セルビア人の傭兵
280名を連れて来ました。
  ケンゴ首相はキサンガニを最後の砦として、絶対に陥落しないと公言してはばかりませんで
した。ヘリコプターや戦闘機を寄せ集め、空爆による作戦も展開するつもりでした。1月20日ケ
ンゴ首相とマヘレ参謀本部長は、フランスの兵站面での支援と外人部隊の投入により、電撃的
かつ、全面的な反攻をカビラ軍に加えること、さらには効果的な空爆を行うことを明らかにしまし
た。しかし、この首相の発言は実現されませんでした。それどころか、その数日後にすでに政府
軍は、AFDL軍の前に敗退を始めるのです。
  過去において功を奏した外人傭兵による作戦も、今回は通用しませんでした。フランスも国
際世論の前で、これまでのように本格的にモブツを支援することはできず、逆に1月7日にはザ
イール国軍側にフランス人傭兵はいないという声明を出す始末でした。傭兵の首領であるタヴ
ェルニエは、モブツの近衛師団であるDSPの協力を得て、国軍の再編成を行おうとしました
が、すでに国軍は軍隊としての機能を果たせないほど、人的にも装備の面でも荒廃していまし
た。彼は匙を投げて、モブツのところに行き、こんな状況の中で、こんな報酬では仕事を請け負
えないことを白状して、連れてきた傭兵と共に引き揚げてしまいました。
  このようなザイール国軍の状況の中で、AFDLの軍隊がどのようにしてこの広大な領土を制
圧して行ったか、時系列的に追っていきましょう。
  • 1月26日:シャバ州北東部のカレミ(Kalemie)の空港を占拠。この町はタンガニイカ湖に面
    し、対岸のタンザニアに向かっての交通の要所でもあります。その上にここがシャバ州の
    鉱業地帯から延びてきている鉄道の終着駅でもあります。ここを制すれば、シャバ州の州
    都ルブンバシへ、カミナ経由でカサイ州へ、進撃することが容易になります。カレミの市街
    を完全に占拠したのは2月3日でした。
  • 1月31日:すでに前年末に占拠したウガンダとの国境沿いのブニア(Bunia)から240km
    ほど北にあるワッサ(Watsa)を制圧しました。この町には金鉱山があるのです。
  • 2月11日:ワッサから西へ236km進んで、オー・ザイール州北東部の主要な都市である
    イシロ(Isiro)が陥落しました。この町は州都のキサンガニの防衛のためにも重要な拠点で
    あるので、外人傭兵が配置されていましたが、AFDL軍はこれを撃破しました。さらに、ほ
    とんど同時に、このワッサから南西の方角にあるキサンガニに至る交通路の中間点にあ
    るバフワセンデ(Bafwasende)まで制圧しましたキサンガニまでは後330km余りです。この
    時点でAFDL軍の勢力は約15,000人でした。
  • 2月17日:政府の声明どおり、ザイール国軍の戦闘機がようやく一矢を報い、カビラ軍の
    拠点を空爆しました。ブカブ、シャブンダ(ブカブの西方160km)、ワリカレ(ブカブの北東1
    60km)などの町が標的となり、ブカブでは30名の死者と30名以上の負傷者が出まし
    た。その1週間あとには、キサンガニに迫るAFDL部隊にも空爆を加えました。
  • 2月23日:ブカヴの西方約370kmのカリマ(Kalima)が陥落。ここは周辺に点在する錫鉱
    山の鉱石を処理する鉱山業の町です。ここにはルワンダ難民のキャンプもあります。AFD
    L軍は、すでにオー・ザイール州とシャバ州の一部を占拠していますが、このキヴ州の西
    部に当たるマニエマ郡は、FAZが最後まで抵抗していたところです。
  • 2月27日:抵抗を続けていたマニエマ郡の郡長も24日にキンシャサに逃亡し、郡の中心
    都市であるキンドゥもついにAFDL軍の支配下に入りました。この町はザイール河の支流
    であるルアラバ川に面しており、カビラ軍もついにキサンガニ経由でキンシャサに至る船
    舶の航行可能な地点に到達したのです。また、ここからシャバ州とカサイ州に向かう鉄道
    の起点であり、戦略的にも非常に重要な拠点を確保したと言えます。またこのキンドゥの
    郊外には15万人を収容しているルワンダ難民のキャンプも設けられていました。
  • 3月2日:一方でカレミから鉄路に沿って西に約100km進んだAFDL軍は、この日ニュン
    ズを占拠し、さらに西に130km進み、カバロに達しました。この町で上記のキンドゥから
    南下する鉄道と合流し、この鉄道はルブンバシやカサイ州の州都カナンガに通じるので
    す。
  • 3月3日:ローラン・カビラは、ザイール国軍の将官に対し最後通告を発し、武器を置いてA
    FDLの傘下に入るよう呼び掛けました。
  • 3月4日:シャバ州北部の行政の中心地であり、錫鉱山のあるマノノ(Manono)が陥落しまし
    た。
  • 3月15日:AFDL軍はキサンガニを制圧しました。すでに前日FAZの兵士たちはこの都市
    のめぼしいものを略奪し、逃げ去りました。ケンゴ首相はこの都市でカビラ軍にストップを
    掛けられると最後まで信じていましたが、頼りにしていた外人傭兵が諦めて、引き揚げまし
    たので、戦闘になりませんでした。このキサンガニの陥落は軍事的以上に心理的にもAF
    DL軍の勝利を確約するものでした。これで、ザイール全土の制圧が具体的なスケジュー
    ルに上がってきました。アメリカ政府もベルギー政府も、キサンガニ陥落の報にモブツの時
    代が終わったという見解を示しました。
  • 4月5日:東カサイ州の州都ブジマイが陥落しました。この町はダイヤモンドの生産地域の
    中心であり、AFDL軍はザイールの富の大きな源であるダイヤモンドをモブツの手から奪
    った訳です。
  • 4月9日:AFDL軍はついにルブンバシを支配下に置きました。すでに3月後半から4月初
    めに掛けて、カサイ州へ向かった兵力とは別の部隊がシャバ州の主要な町カミナ、カセン
    ガ、ルエナ、テンケ・フングルメなどを次々と占拠し、南下しながらルブンバシを包囲してい
    ました。そして、ついにこの日シャバ州の首都であり、ジェカミンの本社があるルブンバシ
    に進駐しました。その2日前に、ルブンバシ駐屯のザイール国軍空挺部隊第21旅団は、
    ローラン・カビラ側に合流することを声明しました。1978年の第二次シャバ紛争でマヘレ
    指揮官の下で、反乱軍撃退の切っ掛けとなる攻撃を行ったこの精鋭部隊もついにモブツ
    に見切りを付けたのです。
  • 4月12日:西カサイ州の州都カナンガが陥落。その翌日にはついに最大の鉱山町コルウ
    ェジがAFDL軍により占拠されました。
  • キサンガニに続き、ブジマイ、ルブンバシ、カナンガが次々とAFDL軍の支配下に入り、ロ
    ーラン・カビラ本人が14日にルブンバシに凱旋将軍さながらに到着すると、アメリカ、フラ
    ンス、ベルギーなどの列国政府は、モブツの時代が終わったという声明を出します。モブツ
    の自主的な退陣を促す声明です。フランスはこれまでモブツと個人的な関係が深かっただ
    けに、「フランスはザイールを支援するが、それはあくまでも国民と国家に対する支援であ
    る」という注釈を付け、モブツ個人に対する支援でないというニュアンスを強調しました。
  • 4月22日:西カサイ州のルエボ、イレボ、チカパが相次いで占拠されます。イレボはシャバ
    州から西に向かって延びてくる鉄道の終点であり、ここから鉱産物を初めとする貨物は、
    船に積み替えられ、ザイール河をくだり、キンシャサに運ばれます。その意味でイレボは交
    通、運輸の重要な拠点です。チカパはその周辺にダイヤモンドの鉱山が散在する町です。
    それと同時にキサンガニを占拠したAFDL部隊は陸路を西進し、モブツの出身州であるエ
    カトゥール州の南部の中心地ボエンデまで進攻しました。
  • 4月29日:AFDL軍はバンドゥンドゥ州に入り、この日キクウィットが陥落しました。ここから
    キンシャサまで陸路で420キロ、直線にすれば380キロしかありません。
  • 5月4日:AFDL軍はキンシャサの東260キロのところにあるケンゲの町まで進んできまし
    た。彼らはここに来るまで、2・3の例外を除き、ほとんど抵抗らしい抵抗に遭ったことがあ
    りませんでした。首都に入る前の最後の砦であるこのケンゲでAFDL軍は珍しくザイール
    国軍の抵抗に遭います。正確に言えばアンゴラの反政府勢力で親モブツのUNITAの兵
    士たちに支えられたザイール軍の反撃です。モブツがアメリカの意向を汲んで、秘密裏に
    アンゴラの反政府勢力であるUNITAを支援していたことは、いわば公然の事実だったので
    す。このUNITAを率いてきたサビンビは、モブツの最後の願いを聞き入れて、兵力をこの
    ケンゲに急派したのです。その結果激しい戦闘が交わされ、200名近い犠牲者、しかも非
    戦闘員の死者を出したと伝えられています。このUNITAの動きに対し、カビラを支援してき
    たアンゴラのドス・サントス大統領は、アンゴラ政府軍を出動させて、このUNITAの軍事行
    動を牽制しました。
  • 5月17日:ケンゲからの国道がンジリのキンシャサ国際空港の前を通り、そこからキンシ
    ャサの中心部に至る25kmの自動車専用道路を、ついにAFDL軍は抵抗を受けることな
    く、整然と進みました。ザイール国軍の参謀本部も内部抗争で潰れ、モブツがあれだけの
    金と人材を投じて鍛え上げたDSPも四散し、AFDL反乱軍の7ヶ月の侵攻は、粛々とした
    キンシャサ進入で終わりを告げました。モブツ大統領はこのAFDL軍がキンシャサに入る
    24時間前に、家族と共にこのンジリ空港からバドリテに向け飛び発ち、さらにそこから外
    国に亡命しました。
  以上でAFDLの軍事的勝利の概要につき日を追って見てきましたが、その間にモブツ自身も
延命のために病の身を顧みず、奔走を続け、一方でアフリカ諸国の元首、欧米諸国の政治
家、国連を初めとする国際機関の要人たちも、種々の政治的、外交的アレンジを試みました。し
かし、モブツは、調停者たちの勧告を聞き入れず、カビラへの政権委譲を拒否し続け、AFDL軍
のキンシャサ侵攻という現実の前に、ついに大統領の座を投げ出し、バドリテ経由国外に逃げ
出しました。その詳細は次の章で読んでください。
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18−2 政権放棄を迫られるモブツ
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